Miruntius 映画とたまにミュージカル、その他

ミュージカルとか映画とかまあ色々

ミュージカル『シデレウス』感想

観たいな~観たいな~と思っていたものの、次の渡韓タイミングと合わず現地は諦めてたミュージカルなんですが、なんと配信が!!あるのを!フォロイさんが教えてくださり!しかも私の推し、キム・ジチョル俳優がガリレオやるらしい!となり!!今回配信、字幕なかったのでいつにもまして内容を追いきれてないと思い、色々理解に誤りがある気もするのですがとにかく観た!良かった!を言いたくて以下箇条書きで…

 

・ケプラーとガリレオ先生の関係、萌え萌えすぎます…最初の頃のケプラーが長文おたより送ってきすぎてうんざりというか若干ノイローゼみたいになってるガリレオ先生、萌えすぎる…その割にケプラーのおたよりが短かったらエッ?ってなって裏面とか確認してるのもさ~!!

この二人の関係、なんか知ってるミュにも既視感ある関係が…と悩んでたんですが途中でわかりました。『ザ・フィクション』のホワイトと先生です。『シデレウス』のケプラーとガリレオ先生はザ・フィクション組を限りなく健全化したやつかも…構造が多分、僕の大好きな年上のお兄さんを僕が図らずもめちゃくちゃにしちゃった!の話なんですよね。まあ好きじゃん、になる。

 

・これは単純にうまい辻褄合わせだな、の話なんですが、実際の『シデレウス・ヌンティウス』はガリレオの単著でケプラーは応答論文を書いてるはずなんで、シデレウスをケプラーとガリレオが共著?してるみたいにミュではなってたの、意外だったんですよ。でも、メディチの介入でガリレオの単著になってしまい…みたいな話に多分してるっぽく、うまいなーでした。全然違ったらごめん。

 

・マリアが好きです。修道女なので信仰の伝統を守る意思がありながら、他方で父ガリレオの信念や宇宙への関心に惹かれており、という難しい人物像。実際こう、当時の人たち、特に伝統的信仰の強い人たちにとっては余りにセンセーショナルで足場が崩れるような衝撃だったんかもな~と思いながら、それでも宇宙に憧れをマリアが抱いているっぽいの、父と娘だ~!!となり…

 

・手紙のやり取りの視覚的表現とか、全体的にやはりセットが良い。手紙のどちらからどちらへのやり取りかが光の流れで可視化されるので演出がうまいよ~となりました。

あとおもろいのは、あのおしゃれなセットと衣装とおんなじミュでめちゃおしゃれコート(あれは木製イメージカラーなんですかね?)のガリレオ先生が、捨て身すぎる謎の望遠鏡とガリレオ衛星の宣伝やるシーンがあること。衛星たちににこにこのお顔があり、なんか可愛い声とかもついてて超シュールで好きでした。ガリレオ、科学のために体裁を売り飛ばすことに覚悟が決まりすぎている。

 

・ケプラーとガリレオが、というかガリレオが心配すぎるケプラーがドイツからイタリアまですっとんできて、ガリレオに駆け落ち?持ちかけてるシーン、無い歴史の中でも随一の萌え萌えシーンでしたね。でもガリレオがこなくて、約束したのに、ってマリアにいうケプラー、悲しいぜ…まあ二人で駆け落ちしてたらほんまに知らん歴史だもんな…ザ・フィクションでもそうなんですが、年下の男由来の問題ごとを、年下の男にふりかかる火の粉までまるっと抱えて持ってっちゃうのが年上のお兄さんってやつなんですねえ…それって…優しくて残酷かも!?

 

ほんまにちゃんと理解できてるか怪しい…怪しすぎるのですが多分そんな話かな?という内容だけ書きました。あ、途中ガリレオ先生がテンション上がってきてボヘミアン・ラプソディーが始まりかけてたの、めちゃ良かったです。ガリレオってテンション上がるとボヘミアン・ラプソディーになるんだ♪

あとね、ジチョルガリレイのシルエットが全部良すぎてほんまに好きです…あんなん舞台写真とかあったら1から100まで買っちゃうわ…(??)

 

ミュージカル映画『メリリー・ウィー・ロール・アロング』感想

めちゃ行きたい!になってたものの時間が合わずぐぬ…になってたんですが幸いちゃんと観られました!!ソンドハイムって楽曲作りが上手すぎるよ!!

メリリー、日本でも数年前に公演やってましたが、評判の良いマリア・フリードマン演出かつ何と言ってもジョナサン・グロフが主演やっとるため、一回絶対映像観たかったんですよね…あと言うてもソンドハイムが大好きだし…ソンドハイムには多大な恩があり、ジョナグロにもまあまあ恩があるからさ…で、普段ストリーミングで曲自体は聞いてましたが、やはり映像込みだとほんまに良いですね~!!と言うわけで以下色々感想を…

 

全体の作劇の話なんですが、ソンドハイムってやっぱり人生の曲がり道というか岐路における選択についての楽曲が多いと思うんですよね…イントゥ・ザ・ウッズとかもろにそうだし。あと、リプライズの上手さと曲同士の重なりの絶妙さで展開で引っ張る手腕の凄さ…ソンドハイムって聞きあきるくらいリプライズするタイプだと思うんですがメロディが印象的かつうまい部分でリプライズされすぎて全然飽きないんですよ…メリリーに関して言うと"Old Friends"と"Merrily We Roll Along "の使い方が非常に効果的で、天才的な作曲家ってこういうことするんだ!?というか…"Merrily We Roll Along "の度に時間が逆回しになり、破壊された友情から友情の萌芽まで遡ってく苦さと切なさがね…

 

それでこれもソンドハイムだな~というか、メリリーも群像劇だと思うんですが、どのキャラクターも全員それなりに身勝手で、極悪人でも善人でもないしうまくやっていけるわけでもないっていうほろ苦すぎる感じがね…その時々の感情・優先順位・巡り合わせで人はうつろって留まることが出来ないっていうシビアな話であり、過ぎ去って戻らない過去に戻りたいと思いながらそれが叶わないことを教える話であり…でも最後のフランクの表情は些か希望を感じさせるというか、もしかすると「左へ進め」を完成させる未来もあるのかもなと思うような感じでもあったような…あれ、どうなんでしょうね。てか全然関係ないですが「左へ進め」って良すぎるネーミング…絶妙な時代性も感じるし…

フランクとチャーリーってこうさ~お互いのことめっちゃ好きだけど全然相性良くないの最悪で…この2人、ほんまどっちが悪いとかの話でも無いと思うんですよね…フランクは冒頭自分で言ってるように流されやすすぎるしチャーリーは頑固すぎるし…フランク、フランクさ~金銭的というか社会的な野心と流されやすさが天才的な作曲の才能とあのハンサムな顔に共存してるの、厄介すぎる…行くとこ行くとこで誰かひっかけてくるもんなあの男…意志薄弱の(言い過ぎ)の甘ったるいマスクの男って…はい…でもフランクのこと、わからなくないんですよね…実際成功とか金銭的安定って別に責められるような野心じゃないし…そう言う点でチャーリーがあまりにストイックに芸術家してるのに対してフランクが商業方向に舵切ったのは仕方ないというか…完全に方向性の違いによる解散だよ…悲しいのはフランクもそれで上手いこといくならチャーリーと一緒に好きな音楽続けたかった事だよお…あとチャーリーがフランクの才能を誰より高く買ってるが故にフランクに大衆向けの商業から手を引いて俺とストイックに音楽やれよと詰めまくるの、わかるけどね…それはそうとフランクが全面的に流されの境地で全然”NO”を言えない男なのはあの…ベスとか…ガッシーとか…いずれにせよフランクって、金銭的社会的成功が必ずしも幸福の条件ではないのお手本みたいな話でしたね。

あとやはりメアリーね…一番友情に振り回されて…難しいよね~どっちも大事な友人だけど好き合ってるのに相性悪い2人の間とか取り持ちにくすぎる…しかも流されやすい片割れの方に情が些かありすぎるし…壊れていくしかない友情を見守るのってほんまに辛いと思うんですよね…必死に取り持ってもこぼれ落ちてく辛さって点でメアリーの苦しさってヴ~!!になるというか。

総じて3人の友情って、純粋すぎるというか全員友情っていう字面に信頼を置きすぎて問題があるときにうまく調停しきれず先延ばしにし続けたツケが回ってきたみたいな壊れ方だと思うんですが、そんでも人情としては若い頃の俺たちズッ友だよな!!に全幅の信頼をおいて友情続けたいもんな~!!?というか…そういう点ではチャーリーが言ってた”手入れしなければ友情も続かない”は別にフランクだけの問題でもないので…辛い…

 

でも私が作中一番え~ん!!になるのはジョーとベスなんですよね。ベスほんま…フランクのこと絶対忘れらんないのにでも絶対もう一緒にいれないのを理解しちゃった悲しすぎる女…てか考えたらベスとの結婚の土壇場の時もフランクって、ベスの方に逆質問で選択を委ねてるので本当に意志薄弱かも…才能と魅力にあふれた男が意志薄弱すぎると周りが大変すぎる!!

それでね、ジョーもさ~まあジョーの場合ガッシーとの関係がそもそも結構不健全な形で始まってるっぽいのもあり、ガッシー側の地位と名声が確立したらその関係性が崩れるのも致し方ないみたいな感じなんかもですが、うらぶれたジョーが非常に悲しかったので…うっ…あと考えたらガッシー、昔のジョーが自分にしたようなやり方(無名時代に結構強引に粉かけてプロデュース込みみたいな恋愛に持ち込むやり口ね)でフランクをモノにしてるため、フランクが独り立ちしたらかつてのジョーとおんなじ感じなっちゃったのかな…悲しいね・

 

とまあ、色々キャラクターのことを考えるとね、止まらないんですがこれが凄い没入感のある音楽に乗せられるせいでほんまに…!!情緒が…!!!てかやはり思ったんですが、ソンドハイムの劇ムズ楽曲ってちゃんと完璧にあれを歌える、というか歌えるを超えて歌いこなせる人間がやるとほんまに輝くんだよね…いいものを観ました。

後これ最後、愚痴ってか疑問?謎?なんですがキャスト紹介の筆頭がダニエル・ラドクリフだったのなんで過ぎる。ジョナサン・グロフちゃうんかい!!?になりました。

2026上半期まとめ

6月中にまとめればちゃんと上半期まとめになりますからね!と6月上旬から言い続けて気付けば6月が終わりかけでした。やばいよ!!

ということで(?)2026年上半期のよかったもの色々です。

 

映画・ドラマ

・超時空英雄伝エイリアノイド

まずはね~やはり!!『超時空英雄伝エイリアノイド』part1&2です!!!いやほんま上半期ベストどころか普通に2026ベストになるかも!!おもろすぎるし萌え萌えすぎる!!超時空英雄伝って何なんだよ~!!絶対トンチキSFすぎると思うけどまあトンチキSF好きだしな~キム・ウビンのアンドロイド役を観たくないと言えば嘘になりますしね!くらいの軽い気持ちで観に行き、深みに嵌まってしまった…まあ全然トンチキSFではあるんですけど、映画って"全て"を兼ね備えてもいいんだ!?になる素晴らしいエンタメ映画でしたね。ドラマとか次回作とか…!?あった方がいいよ!?!

 

・鬼胎

『プリースト』の姉妹作だよ~!!去年韓国で封切りされて以来、ジリジリ待ってたので公開が嬉しすぎ…『プリースト』を非常に上手く受け継ぎながら周縁化された人々の連帯をやっていましたね。トーンを抑えた暗い画面に雨と煙草が映えまくる良い作画の作品でもあります。あと、特別出演のカン・ドンウォンもめちゃ良い感じの登場をしていて…本筋とは何ら関わりありませんがカン・ドンウォンって脚が長すぎて膝下が画面に映るだけで、アッ!カン・ドンウォンだ!!脚が長い!!になる不思議な俳優ですよね(??)

 

・プロジェクト・ヘイル・メアリー

言わずと知れた超大作でしたね。SF映画として最高の傑作かと言われると評価に悩むところは多々あれど、ビッグネームの小説原作を抱えた実写映画として限りなく正解を弾き出したな、という印象の映画でした。映像化に際して、小説の魅力を最大限抽出しつつも小説ならではの表現や実写化し辛い要素を潔く切った印象なので、映像化にできる最適解みたいなお出しの仕方だな~!という感じです。おもろかったですね。あとライアン・ゴズリングってメロすぎます…

 

・ウィキッド:永遠の約束

ほんまね~最高です…舞台版ウィキッドの後編って、前編に比べて楽曲的にもストーリーのしんどさ的にも、どうしても盛り上がりに欠けるんですよ…その辺り、映画がどうしてくるんだろうとドキドキだったんですが、尺を長くとれる良さもあると思うんですけどほんまに良くテーマを練り、シビアさもありつつ納得と少しの希望のある物語にしてましたね。これは感想ブログでも書いてたんですが、ネッサの脚が立つようになってハッピー!みたいな形にしてなかったのはほんまに良い改変でした。あとフィエロってかジョナサン・ベイリーがほんまにメロでした(?)

 

・ハンサム・ガイズ

こっからは配信です。『タッカーとデイル』の韓国リメイクなんですが、元の面白さを完璧に踏襲しながら韓国らしい捻りが加わっていて最高に面白かったです。悪魔祓いで神父が英語わかんないせいでなんの役にも立たないことってあるんだ!?っていう変すぎるおもろシーン等満載でした。あとやっぱ、今リメイクしたお陰で主人公2人のあんま良くないホモソ感とかが男性同士のケアに変わってたり、その辺りが上手く変化してるからヒロインとの恋愛オチがなくなってたりしたのも良かった!!

 

・ナイブズアウト: ウェイク・アップ・デッドマン

今年の(?)教皇選挙枠はこれに決まり!!(??)過激な宗教保守や、カルト化して弱さに付け入り他者を搾取する宗教への批判をやりながら、一方で現代における信仰の意味を正面から扱っていてめちゃ良かったです。無神論者、というか明らかに宗教に対して懐疑的なブノワが最終的に牧師の守ろうとした信仰や信心を尊重して道を譲った形に結論してたのも好きでした。

 

・生活の設計

萌え萌え3人交際映画でした。フォロイーの遥ラさんには本当にありがとうございますです。

3人交際を貫徹する映画って(いや別に映画に限らずなんですが)ほんまに少ないんですよ。三角関係はいっぱいあるけど3人交際はね…稀有だから…

カッコ良くて可愛くておもしれー女が、その性質を全く変えないままで最後までいてくれたのもね、良いことです。

 

舞台

・メリー・ポピンズ

エンタメとしての質がね、めちゃくちゃ高いので絶対満足出来るんですよ。外れのないミュージカルというか…

なんでも出来る完璧で自信家のナニー、メリー・ポピンズがその自信に満ちた態度によってバンクス一家に良い影響を与えてくのを観てるだけで大分元気になれます。

あと舞台をみて思ったんですが、メリー・ポピンズってかなりAroっぽいキャラクターな気がします。

 

・レッド・ブック

まさか日本でやるとは思ってなかったんですが、観て良かったです。

女性が自身の身体や官能について主体的・積極的に語ることについて扱う作品というのが凄い胆力ですし、日本公演においても作品が内包するフェミニズム的なテーマを薄れさせずに扱っていました。田代万里生のローレライ、可愛すぎるし力強いしめちゃ最高だったよ…

 

・金承福『本を作るのも楽しいですが、売るのはもっと楽しいです。──韓国の文学を届ける』

韓国文学を読む時しばしばお世話になりまくる、クオンの代表・金承福氏のエッセイ。本を通じて人同士、国同士をつなぐ責任や楽しさを感じられる本だった。こんな風に努力して形なった本をいっぱい読みたい!!と思わせてくれる一冊。

 

・五条紀夫『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』

いつだったかTwitterでめちゃ一世を風靡していて、気になっていたやつ。私、めちゃくちゃパスティーシュとかが好きなんですけど、パスティーシュってかこれも一時期流行った「クソデカ羅生門」とか好きなら絶対読んだら面白いです。メロスが全然そんな暇ないのにイチイチ事件を推理する理由が意外にちゃんと(?)あるのも良かった。あとメロスとプラトンが全裸プロレスをやります。

 

・ハン・ガン『光と糸』

ハン・ガンの文章って、硬質でひんやり冷たいけど柔らかで優しい、みたいなアンビバレントさを絶妙に内包した文章だと思うんですが、そういう良さが至るところに溢れてました。今ココにおいて、改めて"過去が現在を助けることは出来るか?"を考える意味があるな、と最近の社会を考えてます。最後の方のガーデニングエッセイがまたよくって…

 

・リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』

映画を観てめちゃおもろかったので読んだんですが、登場人物の深みや複雑さが映画よりもあったかな。特に映画よりボグダンとジョイスが遥かに強かで良かったです。ロイは右折が苦手って話があるんですが、文脈的に絶対ロイが左翼だから、を示唆してるの、オシャレすぎてどうにかなりそうでした。好きすぎるよ。

 

・イ・ユリ『ブロッコリー・パンチ』

キム・チョヨプがエッセイで紹介してまして…!!いや、めちゃ良かったかも…てかチョヨプが好きそう(?)

全体的に"愛"の物語だと思うんですが、びっくりするようなシュールな情景の筈なのに、何故か日常のなんでもない一コマのように読める不思議な手触りで、人間の痛みや他者への愛、共感を描いてる本です。

 

 

実は本、まだまた良かったよ~!がありすぎるんですが全部書くとそれはそれでタルすぎるので…

でも上半期を纏めたので、年末にやる2026まとめではもっと厳選したり、ベストなやつが決まっておる筈です!!

というわけで無事2026年の上半期をまとめ終わります!!

映画『生活の設計』感想

フォロイーの遥ラさんが前々から三人交際って言ってて気になってたんですが、なんとご本人がウォチパを計画してくださってですね!!ありがたすぎる!!三人交際界隈の福利厚生担当??

 

でね~いや、ほんまめちゃ完璧な三人交際映画をやってましたね!?!

10年来の売れない芸術家親友同士に突如現れためちゃくちゃおもしれー女!っていう、そんなん萌え萌えじゃん!!という設定…

ジルダがさ~バチバチにおもしれーええ女ですよ…なんてーか、トムとジョージの双方に惹かれてる自分を悪びれないですよね。そうなんですよね、トムにはトム、ジョージにはジョージの魅力があるため二人を天秤にかけるわけじゃなく、二人を愛したいの!!という潔さ…ああいう構図、男1女2だとそういう話になるやつも見るかな~と思うんですが女1男2の関係でやってるのもかなり意外というかありがたいね…愛情を天秤にかけないって大事なことです。あと、それでいうとジルダが一旦3人の関係を諦めるのが、トムとジョージの関係が破綻しかけたからってのがね…トムとジョージの間に名称はさておきリレーションシップが元々あり、そこ含めてジルダが参入した間柄なので、トムとジョージのリレーションシップが破綻するのはちゃうよな…となるジルダの判断、責任感がありますね。ジルダって一貫して、自分のことを男二人に挟まれて苦悩する"罪な女"的なポジションを取らずに全力で私はどっちも好き!両方と関係して成功もさせるぜ!をやっていて、良いよ~!!いや、まあね、古い映画なのでノイズもありますけどね、それはそれです。

んでジルダのおもれー所、恋愛もやるけど超敏腕プロデューサーなんですよね。トムとジョージの才能を見出だして私が成功させたる!ついてこい!ってバリバリやってるの、辣腕すぎてスポ根漫画のすげえ監督みたいで良かったです。こう、それこそ男が女をプロデュースする話ってままありますけど、女が男をごりごりプロデュースしてんのもおもれーよ…というか?うーん、好きな女すぎます…またさ~お洋服も可愛いんですよね。20年代から30年代のファッション、スッキリめのシルエットだけど羽とか刺繍とか使ってたり、機能的なスーツ姿だったりでめちゃ可愛いですよね…華麗なるギャツビーとかもあのぐらいの時代で眼福だし…とにかくジルダって可愛くてかっこよくておもれー女…

 

んでね~トムとジョージの売れない芸術家コンビ、可愛いね…ゲイリー・クーパーってあんなちょいダサへたれ癇癪男も出来たんですね…トムとジョージって、私の大好きな3人交際作品『私の最高の彼氏とその彼女』でソリが言ってる"致命的な魅力で誘惑されて、仕方なく、みたいに始めたかった"的な感じの始まりかたをしてるじゃないですか。ことあるごとにジルダに誘惑されて済し崩しで…みたいな雰囲気出すし、ジルダに対して結構よく僕らを天秤にかけ…みたいなこというし。でも、この映画のめちゃいいとこって、ごりごりモノガミーのトムとジョージが、お互い一回ジルダを喪って二人だけの期間を経たことで、改めて3人交際の形にもってく筋書きですよね…いやだって、トムとジョージはそもそも互いが大事で、ジルダも二人が大事なんですからそれは3人交際で充分じゃん!?という。それでいうと映画の最後にジルダがトムとジョージそれぞれとキスして終わりますが、あそこで私はめちゃトムとジョージもキスして終わるんだと思ったんですよ…だって『鋼鉄紅女』はそうしてたもん!!ジルダってトムへの手紙に"ジョージをよろしくね"って言う女だから絶対私の大好きな人が私の大好きな人を好きならそれって最高!ってタイプだと思うんだよね…まあいずれにせよね、エンディングが最高でしたねの話です。誰か死んだりどっちか選んだり別れ別れになったりせず3人でもと居た場所に帰るのって、めちゃちゃんと3人交際ですよ…

 

という訳でね!めちゃ楽しくウォチパしました!!三人交際ってほんまにちゃんと三人交際する作品がなかなか無いんですが、きっちり三人交際でエンディングしたので気になる人は是非見てくださいね!おしゃれな萌え萌えの映画ですよ!!

ミュージカル『メリー・ポピンズ』感想

濱田めぐみのメリー・ポピンズが観たくてですね…言うて次のメリポピの時に濱めぐがもっかい続投するかわからんじゃないっすか…ならもう行くしかねえよ…となり、転職後なんとなく予定が見え次第濱めぐ目指してチケットを抑えましたよ…!!ほんまに見て良かった!!

 

メリー・ポピンズ、小さい頃にジュリー・アンドリュースのメリー・ポピンズにメロメロになって以来原作も読んだし、ほんまに好きなんですよ…ディック・ヴァン・ダイクも最高ですしね…でも、人生初のメリー・ポピンズ体験ってことで多分に欲目もある上でなんですが、メリポピって原作と舞台の方が、全体の話としては好きかも…まあ多分、映画より色んな部分が増えてたりするからでもあるんですが、ウィニフレッド周りの描写が舞台はかなり良いと思います。

 

まずね~でもやっぱり舞台セットの面白さがね!!凄いです!メリポピってメリーの衣装がめっちゃ替わるのが可愛くてさいこ~!!とかもあるんですが、やっぱりくるくる動く舞台セットの面白さがね…バンクス家のセットから子ども部屋、屋根の上に変わっていく時とか、公園から会話屋さんの切り替わりとかがめまぐるしいし、へえ~となるんですよね…個人的に舞台セットが凝ってる?というより演目に対して効果的だな~と思わせてくれるセットが好きなので、そういう点でスペクタクルでファンタジックなセット展開だな~満足!!って感じでした。”Step in time ”のバートの逆さ歩行とかもね…すごかったよね…

 

で、これはストーリーの話なんですが、舞台のメリポピは、機能不全の家族を修復するスーパーナニーとしてのメリーだけではなくて、女はこうあるべき、男はこうでないと、っていうジェンダー役割に縛り付けられたバンクス夫妻、特にウィニフレッドに対して、望んだもの何にでもなれる、望むことを叶えることが出来るということを教えてくれる存在なんですよね。私、ウィニフレッドがジョージの銀行いくシーンめっちゃ好きで…そもそも、映画のメリポピでウィニフレッドを通じてサフラジェットを絶妙に揶揄するような感じだったの、いけすかね~の気持ちであったのですよね。大体思うんですが、メリー・ポピンズって普通に絶対女性参政権運動とかに親和性高いと思いますよ!!少なくともあんな皮肉めいた目線で女性運動家を見てないと思う…んでそういう諸々を加味して、舞台版は上手くチューニングされてるよなというか…上流に馴染めない女優出身で、本心ではもっと積極的に夫や社会に関わりたいけど女性は慎みがなくっちゃ、というイメージに脚を引っ張られているウィニフレッドと、繊細で優しいハートが本当はあるのに男子たるもの冷静・冷酷で家族を省みず仕事に励むべきみたいな教育のせいで一家に抑圧を再生産してるジョージが、メリー・ポピンズとの関わりを通じて解放されてく話として良くできてるな~!!というか。

バードウーマンの話とかもそうなんですが、産業革命でとにかく上昇志向、画一化されて性役割が固定化されている時代に、メリー・ポピンズが登場することでより繊細で優しいもの、上昇以外の価値や自己実現を示してるのが舞台版の良さなんじゃないかな~などね。思いました。

 

あとは役者さんの話なんですが、やっぱさ~濱めぐのメリー・ポピンズ最高!!こう、素っ気なくてきびきびしてて、ツン、とプライドが高く自信家な女の造形が良すぎる…メリー・ポピンズって高慢そうでツン、としてればしてるだけありがたいですからね!!それで言うとリターンズのエミリー・ブラントのメリーってめちゃくちゃ理想のメリー・ポピンズでしたね。濱めぐも最高です。メリー・ポピンズって、決して心優しくて何でも言うことを聞いてくる母性の塊!みたいな感じじゃないんですよね~比較的厳格だしめちゃ自立した奔放な人格だし…だからこそメリー・ポピンズは何にでもなれるし何でも出来るのだ、という話なんかな~これって広義の良い女は天国に行ける、悪い女はどこにでもいける、の文脈なのかも!?メリー・ポピンズ、天国に興味なさそうだし!!(??)

あとね、舞台観てて今回めちゃ思ったんですが、メリー・ポピンズってめちゃAroっぽくないですか??非人間だからってのもあると思うんですが、人間も他の何者に対してもかなりフラットかつバートのアプローチに対してもなんか…こう…あれはじゃれつくワンちゃんを嗜めたりすかしたりする飼い主じゃないですか…(??)こう、ほんまに私は完璧なパーフェクト、他の全てはフラット。みたいな感じなんかな~好きだ!!!になりました。

で、こう、だからこそ(?)またバートがよいというか…川上一哉のバート、めちゃメロかわ男でしたねえ…メリー・ポピンズにメロついてじゃれつきまくってるのが可愛いし、子どもたちにはお友達!みたいな気安さと大人としての安心感のバランスがとれており、メリー以外の大人に対しても基本的には心理的にイニシアチブがあるんですよね…メロくないですか??メリー・ポピンズのまわりチョロチョロしてる時はおねショタというか飼い主と些か元気すぎる大型犬というかみたいな感じなのに、ジョージと話してる時のバートってめちゃくちゃ大人のお兄さんって感じでえ…うーん、絶妙なバランスすぎる!になりました。やっぱバートはああでなくては…好きすぎるかも。

 

感想がとッ散らかってきてるのでこのあたりでほな…とりあえずやはりメリー・ポピンズは一回は舞台を観るのをオススメします!!なんたって最後メリー・ポピンズが観客席まで飛んできてくれますしね!!!

映画『啓示』感想

リュ・ジョンヨルが牧師さんをやっている、監督はヨン・サンホ、製作総指揮アルフォンソ・キュアロン!ってのを知りまして、はい。もうこれは一回観てみるしかないよ~!となりましてね。かなり良かったかなと思います。

 

ポスト・トゥルースの物語として

この話って、ある事件の加害者と被害者遺族、そして新たに加害者なってしまう牧師を巡って三者三様の心が壊れてしまった人達を描いている話なんですが、加害者の裁判で証言をした精神科医が後に被害者遺族ヨニに向ける言葉が大変印象的で良かったです。

精神科医が、妹の死の全責任が自分にあると苦しんでるヨニに対して、人生はあらゆる偶然によって構成される。その偶然に共通点を無理矢理見つけて全てに原因を見出だそうとする態度は、その原因を神/怪物/自分自身どれに帰結させるにしても考えすぎに過ぎない。くらいの話をするんですけれど、あーなるほど映画『啓示』はこの話がテーマなんだよな、となり。

事件を巡る主役の3人は、それぞれ理不尽な目に遭って生きていくなかで皆別々のものですが、自身におきる不幸(試練?)の原因を特定の何かに集約させちゃってるんですよね。クォンは幼児期の虐待の記憶を怪物に仮託し、ユニは妹の死を自分自身に引責して、ミンチャンは極限状態でおかした罪を神の啓示にすり替えてしまうわけです。起きた事象は全然三者三様なんですが、実はそうなった原因は全員同じで、不幸に際し自らの目を閉ざして外部(もしくはより内的な部分)に全てをベットして真実を見えなくしてしまったという話なんだなあ…という…この辺り、Web記事*₁では「ポスト・トゥルース」の側面から人が陰謀論に傾倒していく時の心理をやりましたって話を観たんですが、ミンチャンはダイレクトにまあその話をしてますね実際。でも私が映画全体を通じて報われなくて哀しいよなになるのは、3人とも真実から目を背けて別の"真実なるもの"に傾倒せざるを得なかったのが、彼ら自身の人間性や動向と全く関係なく、ただ不幸なタイミングや環境のためだというとこなんですよね。誰しも状況が悪ければこうなる可能性があるリアルの話だなと思いました。

で、映画がやっぱ良かったのは、ヨニが自責一辺倒でクォンを怪物化し、次なる被害者を救うための手段を見出だせなかった時に、精神科医の助言から加害者の真実を探り、そこから被害者を救う手立てを得たという話です。これ、ドラマ『悪の心を読むものたち』でもやってた話ですが、凶悪犯罪に対して被害者を慮りながら、加害者の心理に迫ることはやはりある程度必要ではないかという話でもありますよね。罪を犯した人間を悪魔化して他者化しすぎてしまえば、真実を見失うこともあるし、そもそも犯罪を犯したのは怪物のような他者ではなく人間だということを知らねばならないってのも結構大事な話だよ~という映画です(そうかな?多分そうです)

ヨニは自分の罪悪感が要請するクォンの怪物化とそれに伴うクォンへの殺意を手放し、彼の過去を照射して被害者を救った、という最後が、人間はポスト・トゥルースを手放して再起する手立てもちゃんとありますよ、の話としても良かったですね!

 

リュ・ジョンヨルがすごい

で、ね。リュ・ジョンヨルってすごいね。主人公ミンチャンのめちゃめちゃになってく様子が迫真すぎて怖いよ~!でした。

ミンチャン、全く善良な(かなり生きるのが下手そうではある)牧師さんが、状況に追い詰められて突然神から啓示を得たと確信し、やばい行為に手を染めまくる様が怖いリアリティでお出しされてきてひょ、ヒョエ~!です。

いや正直ミンチャンってかなり可哀想なんですよ…妻は不倫してるっぽい(確証がある)し、長年真面目に地域で活動しても昇進しないし…妻の不倫が確定事項として迫ってきて、そこに尊敬する牧師が地域の顔役になる牧師選考に1ミリも自分を視野にいれてなさそうなのをわからされ、どん底に堕ちたとこに息子がいなくなって近所には凶悪犯がいることを知っちゃう、みたいな最悪の積み重ねのせいでクォンを追っかけて弾みで死なせちゃう(死んでないけど)ミンチャン、つらすぎるよ!!動揺でめちゃくちゃになったとこに突然雷?で山が照らされてこれは…啓示!!になるシーン、観てるとおーい!!になるんですが実際あれだけ敬虔に生きてきたのにたて続けに不幸に見舞われたら人間どっかに逃避しちゃうわな…のリアルが…えーん…

で、ほんまに不幸なのが、クォンを死なせちゃった!になったミンチャン、携帯でやたら"過失致死 自首"とか調べてて(かわいい、妙に愛しいシーン)、牧師様に告白までするつもりだったのに、アカンと思ってた主任牧師が廻ってきて壁にイエスの顔が見え、これってやっぱ…啓示!になっちゃうとこ…そうじゃないのにミンチャンにはそうにしか思えなかったんだよね…

それで一度啓示だと確信すれば、どんどん妄信的になり、また都合の良いことにミンチャンの証拠が全く現場に残らないせいでより神の意思を確認して更に大胆になるというね。怖すぎます。現場に証拠残らないとこ都合良すぎて宗教版『殺人者のパラドックス』が始まったかと思いました。

万能感を持ちすぎたミンチャンが、最初は普通に心配してたはずのアヨンの所在も最後には死んでるから無駄とか思いだし、クォンの殺害にだけ執念もやしてるのが完全に壊れちゃった感じで普通に怖すぎてウケます(ウケるんだ?)(実際に考えると全然笑えないんですけどね、映画だとね)

途中からミンチャンがアヨンは死んだ、とか天国で、っていうの、何でなんだ?と普通に不思議で謎のデリカシーのない失言マンなのかと思ったりしたんですが、最終的に神がクォンを殺すようミンチャンに啓示を与えた→クォンは犯罪を犯したから殺されなければならない→アヨンは死んでるはず、の論理らしいなということがわかり、普通にひえ~こわ!って言ってしまったよ。いやでも実際こういう論理の飛躍が起こりうるんでしょうね…どういう解像度の高さなんだ…最後、壁のイエスの顔が悪魔の顔(?)に変化してくのを観て一筋涙を流すシーンとかもさ~!どうしたってその幻想から逃れられないもんな~という…

リュ・ジョンヨルってこういう得体が知れない怖さのある演技が上手すぎるんですよね…なんだろ…そこそこ善良で平凡な人間が転がり落ちてく先にある狂気の演技が上手すぎる(毒戦は似て非なるアプローチでしたがいずれにせよ平凡/非凡の使い分けがすごい)…私は『パラサイト』と『殺人者のパラドックス』をみて、自信なさげなボンヤリした青年が追い詰められてやらかしたことがなぜか上手く行ってしまい、そのせいで変な万能感を得てどんどん調子にのり、最終的にまためちゃくちゃになるみたいな役ってチェ・ウシクの専売特許みたいな気持があったんですが、『啓示』のリュ・ジョンヨルも全然負けてないので自信をもってほしいね(???) 

あと、この映画リュ・ジョンヨルが折に触れてメソメソ泣いたり、たった一筋涙を流したりするんですが、主にメソメソ泣いてばかりの平凡なふわふわ牧師さんと、神の啓示を受けて覚醒した時にそっと流す涙との切り替えとかが上手すぎて…何…??牧師さんはメソメソ泣いてる時が一番かわいかったよ…あとメソメソ泣きながら"過失致死 自首"って調べてる時ね…ぶっちゃけ過失致死じゃ多分すまないんだけどとりあえず過失致死で検索してるのも良かったね…(?)

 

参照

*₁https://www.google.com/amp/s/realsound.jp/movie/2025/03/post-1968264_2.html/amp

 

 

映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』感想

観ちゃいましたよ~!原作のワクワクをどう映画にするんだろ!?って部分が極めて上手く映像化されてましたね。

 

小説と映画

なんだろ?映画化にあたって取捨選択が非常にうまかったというか…小説版のプロジェクト・ヘイル・メアリーは、主人公グレースのモノローグを通じた地道な科学の積み重ねによって、彼に見えている世界や太陽の弱体化の謎が解きほぐされていく面白さがあるんですが、映画の方はモノローグ入れられないし、科学の話を地道にやるのも多分些かタルい(コラ!)かな~!がどうしてもあるんじゃないかなと思うのですね。その点を映像でどうクリアしてくのかなと思っていたのですが、映画版はかなり潔く科学積み重ねシーンをカットしてしまい、変わりにキャラクターの造詣を深めたり、小説と少し変えたり、なんならオリキャラ生やしたりで補ってきましたね!!この辺り、文章には文章、映像には映像の得意な表現方法があるな~!と感じ、正直映像から観ても小説から入ってもどちらにせよ楽しめそうですし、どちらかを知らなかったら楽しめないよ~!!とかでは全然ないかなと。原作ありきの実写化ってどうしても比較されると思うんですが、プロジェクト・ヘイル・メアリーに関して言えば、原作を上手く押さえつつ強調したい部分を変奏して映像に耐えうるストーリーにしたな、が全体的な感想です。

 

キャラクターの造詣

で、映像化にあたって良かったねの話なんですが。まあ一番変わったのはね、絶対ストラット。小説のストラットは絶対カラオケやってくれないから!!

いやほんま、突然カラオケやってくれるストラットほんまおもろすぎて…何なんですか!?あ、でもね、こう、ストラットって、小説では正に鋼鉄の意思を持つ情など解しない女で、あれはあれで最高なんですが、なんとな~く小説よりソフトに見えるストラット、別に表現法が変更されてるだけで、根本的な有言実行、やると言えば何があってもやり遂げる女なのは多分変わってなさそうだ!とも思いました。なんでって、映画のストラット、グレースが逃げた時にグレースが部屋出るまでは悼ましそうな顔してた割に、その後電話してるときのガラスに映る表情がめちゃくちゃスンッてしてて、あれってそれなりに情みたいな表情をしといて他人をコントロールしてるだけなんかも…となり。おもろカラオケでも、明らかに最初全然カラオケとかする気なくて、グレースの帰属意識も曖昧な孤独みたいなものを察知して歌いに来てたと思うんですよね。実際グレースはそれに心動いてて、周囲からの反応も良くって…こう、非常に上手く情みたいなものを他者への働きかけに使ってる人間かも…になりました。良い悪いとか言うよりはあっ、めっちゃこれはこれでストラットかも!になったというお話ですね。

で、これまた意外に性格が違ってたロッキー。なんか…小説より愛嬌がすごい!!あと食事見せてくれる!ビックリだよ!ロッキー、小説ではかなりちゃんと技術者で、思いの外感情表現も抑えた宇宙生命体なんですが、映画のロッキー、普通に割と勝手に容器投げてきたし船繋ぐしO2で満たしてくるし(これほんまビックリしました。そんなんやっていいんだ!?)、ピョコピョコ跳ねるしメジャーで爆遊びするし…あのロッキーならグレースのお宅に勝手にこんにちはして、汚い!ごみ溜め?とか言うな~になりますし、グレースのちょっと可干渉気味のルームシェア相手として抜群の相性の良さで、これも映画ならではだな~!です。というかこんだけ監督にこの映画はロッキー/グレースを中心にやります!!そういうやつです!を見せてもらえるとまあこちらもね、はい!そういうやつですね!になるというか。いやでも実際ロッキーとグレースのメロに集中したストーリー構成は上手かったよ…種族違いバディものの良さをフルに活用してましたね。

最後にグレースの話なんですが、映画はライアン・ゴズリングで大正解ちゃいますか!?ゴズリングってさ、微妙に面倒な性格で行き掛かり上大変な目に遭ってしまい大変大変!みたいになる役させたらほんまにピカイチですよ。ストラットに非合意すぎる宇宙行き告げられて、棚上に逃げた時の無様な可哀想さ、被虐の最大瞬間風速!?!になりました。

それで、こう、原作よりグレースのキャラクター造詣に知らん話(原作ではない話です)が加わるおかげで、ヘイル・メアリーが実は結構同じウィアーのオデッセイより終わりが好きだな、と思った理由がはっきりしまして…別にグレースの変える場所が必ずしも地球じゃなくていいんだよな。に気付いたというか。グレースって、船のカラオケパーティー(カラオケパーティーではない)が一番如実ですが、意外と帰属意識が希薄なんですよね。教師として、他者に知の伝達を行ったりは好きなんですが、誰かと親しくしたいとかどこか大きなものに連帯したいみたいなのが割合に希薄。メイトも別に積極的に要してないし、誰といても実は意外に宙ぶらりんなので、自分の知性で地球を救いたい、とか気になることは即探求!はあっても土壇場でロッキーを選ぶ選択がめちゃくちゃ自然だ~!になりました。晴れより霧が好き、もらしいよ~!ですし。たった一人でも心許せる誰かがいて、知識を与えられる存在がいる。そういう場所に居場所があるならそれってグレースにとっては地球じゃなくて構わないかもな…になったので、映画の一番好きだったのはこのラストシーンかもしれません。

 

とまああれこれそんな話です!やはり、デカい原作があり、ヘイル・メアリーの場合同じウィアー原作の映画『オデッセイ』が既に確実な成功作として存在するなかでどう実写化するの!?は気になってた部分なんですが、その辺りほんとに上手く処理しながら面白く作ってくれましたね!!ありがとう!!の気持ちです。